教育ベンチャーで求められる経験とは? 教育業界の説明から、具体的な企業、必要な経験を解説

○教育業界の動向

近年の教育業界では、「エドテック(EdTech)」という言葉が盛んに用いられている。「エドテック」とは、「教育(Education)」と「テクノロジー(Technology)」を掛け合わせた言葉である。「教育と情報技術の掛け算によって、新たな可能性を生みだそう」という期待が込められたものだ。現在、教育産業市場は約2兆5千億にのぼり(2016年度。矢野経済研究所調べ)、さらに文部科学省主導による教育改革により、さらなる大きなチャンスが舞い込んできている。一時は「明治維新以来の大改革」とも言われた一連の教育改革は、新たな教育サービスの需要を喚起しつつある。以下がその動向だ。

・大学入試における英語4技能試験対応のための話す・書くの指導方法の確立
大学入試改革により、2021年度センター試験から、英語ではスピーキングとライティングも求められるようになる。これにより、既存の予備校が教えてきた文法中心の英語教育、いわゆる「受験英語」の牙城が崩れ、新興サービスが割って入ってきている。東進ハイスクール講師・安河内哲也氏は、「これからは間違いなくESL(英語を第二言語にしている)の国とのオンライン英会話の時代です。塾にはこれを活用する以外の選択肢はないと思います。今後、どの塾も学校もオンライン英会話を導入するのは必須」と述べておりオンライン英会話へのニーズが高まる傾向にある。

・2020年小学校3年生からの英語必修化
英語教育の変化は、大学受験生だけでなく、小学校でも起きている。2008年以来、段階的に英語教育が導入されてきており、子どもの習い事としての英会話スクールの市場規模も増大している。矢野経済研究所によれば、堅調に成長する語学ビジネス市場の中でもe-ラーニング市場が二桁増と活況を呈している。

・プログラミング教育の必修化
IT人材の不足という社会背景を機に、2020年から小学校でのプログラミング教育が必修化される。このことを追い風に、プログラミング教育の需要が高まっている。イー・ラーニング研究所が出している「親が習わせたい習い事」2017年度のランキング1位に「プログラミング」がランクインするなど、プログラミング教育は熱を帯びている。シード・プランニング社によれば、2016年は約40億円だったプログラミング教育関連市場は、10年後の2025年には230億円と約6倍に達する見通しだ。そのため、大小問わず多数のプレイヤーが参入してきており、現在最もホットな領域といえるだろう。

・学校現場のICT化
昨今様々な分野で急速に進むICT化は、教育現場においても大いにみられる。文科省が掲げていた「2020年までに、小中学校において一人一台情報端末」という目標は降ろされたものの、学校へのタブレットやPCなどの情報端末の設置が増加するトレンドは続いている。その際に新たなデジタルコンテンツや、学習管理のためのプラットフォームの需要がある。

○教育ベンチャー企業の具体的サービス

以上のような文脈の中、近年様々なサービスが誕生してきている。エドテック業界のサービスは、大きく分けて次の3つに大別される

①toB(学習塾など)サービス
②toC(学習者)サービス
③toC(社会人)サービス
それぞれについて、具体的なサービスを見ていこう。

①toB(学習塾など)サービス

toBサービスとして多いのが、既存の学習塾に向けたサービスである。既存の学習塾のスタイル(生徒が実際の教室に通う)を壊すことなく、ほころびが出ている部分を解決するためには、現在の学習塾が抱えている問題の正しい理解が重要となる。例えば、現在学習塾では講師の、人材不足にあえいでいる。2015年に個別指導塾での「ブラックバイト」問題が噴出して以降、業界として講師不足となっており、講師がいなくても学習が進むeラーニングの需要が高まっている。

・Studyplus for School
スタディプラス株式会社が運営する教育機関向け学習管理サービス。「Studyplus」とは学習記録の可視化や学習仲間とのコミュニケーション機能などを備えた学習管理SNSで、中高生などの学習者向けに提供したサービスである。それを、学校や塾の教員が生徒の学習管理として使えるようにローンチしたものがこの「Studyplus for School」である。「プランニング」という教師からの学習計画の提示と生徒側の実践記録の可視化、カルテといった面談記録を残し教師生徒間で共有できる機能などが実装されている。「生徒の学習管理」という教育サービスにとって意外に時間と手間のかかる部分をICT化し、省力化・効率化した点に意義がある。2016年日本e-learnig大賞・最優秀賞受賞。

・atama+(アタマプラス)
atama plus株式会社が提供するAIを活用した学習サポートシステムだ。これまで単一だった教科書の内容だが、生徒一人ひとりの理解度や目標に合わせてオーダーメイドなカリキュラムとして生成。より効率的な学習を実現している。AIが生徒一人ひとりの集中状態や、理解度をリアルタイムで把握・解析しているため、塾の講師も生徒一人ひとりに対してより的確なコーチングをすることが可能となっている。

②toC(学習者)サービス

塾や学校といた教育機関向けのサービスではなく、学習者であるユーザーに直接サービスを届けるプロダクトも存在する。「教師」という強制力を介さないため、いかに持続的に学習をし続けてもらえるかがポイントとなる。既存予備校も強い「大学受験」というレッドオーシャン以外の領域を開拓できるかがポイントになっている。

・アオイゼミ
株式会社葵が提供するインターネット学習塾。注目すべき点は、ただ単にネット上で授業を配信するだけでなく、生徒の方から質問や感想を発信できる「コミュニケーション性」を組み入れた点である。先生や生徒同士で交流したり、質問できたりする「タイムライン」などの仕組みを取り入れ、教育に欠かせない「人と人の交流」という要素をオンライン上で再現している。「toCのど真ん中を取り、一番ユーザーに近いスマホ学習塾になる」という創業者の決意通り、App Storeでは他の有名サービスを抑え、圧倒的なレビュー数・高評価を得ている。

・Clear
アルクテラス株式会社が運営する勉強ノート公開サービス。世界史や化学などそれぞれの科目のまとめをしたノートがアップされている。現在の中高生はいくつものSNSを使いこなし、TwitterやInstagramでも「勉強垢」を持っている時代だ。自身の勉強のことについてコンテンツをアップし、仲間とつながりながら勉強をしているのだ。新たなサービスを生み出すうえでは、そうしたトレンドをどれだけ取り込んでいけるかがカギとなる。このようなカルチャーを持つ中高生に爆発的に支持されている学習アプリが「Clear」だ。インスタグラムの流行に見られるような「デザインセンス」「おしゃれさ」を備えており、台湾などアジアでの展開もすでに進んでいる。

③toC(社会人)サービス

日本は社会人になった後の「学び直し」が欧米に比べて少ないとされている。21世紀の知識社会においては、職業人生の中で絶えざる学び直しが必要で、そのための教育サービスが必要とされている。

・Schoo
株式会社Schooが提供する動画配信サービス。「学べる生放送コミュニケーションサービス」をコンセプトにしており、動画生放送でコンテンツを提供している。内容はITスキルやビジネススキルなど、社会人向けの内容が主で、4,600本以上の動画がある。放送された動画は録画されており、見られなかった人も復習が可能で、文面でも共有されている。

・Life is Tech!
ライフイズテック株式会社が提供する中高生向けプログラミング学習サービス。夏休みの数日間を使って、サマーキャンプ形式で学ぶ「Life is Tech Camp」、通塾形式の「Life is Tech School」、ネット上で学習ができるオンラインサービス「MOZER」の三種類のサービスがある。協賛企業にはGoogle、DeNA、Cyber Agentなど。有名企業が並ぶこのサービスは中高生向けだが、学生・社会人を問わず独学でプログラミングを学べるサービスが人気を博している。

○教育業界の今後の動向

教育サービスの代表とされる「学習塾」は一般的に参入障壁が低いサービスだとされている(一般の大学生でも簡単に起業できる)。また、ローカリティーの強さも特徴的だ。通塾するにも物理的近さが重要となっているからだ。学習塾の業界紙である『学習塾白書』によれば、学習塾は上位30社で市場シェアは約3割にしかならない。多数のローカルなプレイヤーが乱立している業界なのだ。

今後、教育サービスとして伸びていく企業は、テクノロジーの力を上手に使って、他社からの模倣を防ぎ、ローカリティを越えるものになるだろう。
また、お金を出すのは保護者と考えれば、そこには一定の保守性もあり、利用者と決済者の分離がこのマーケットを難解で困難なものにしている。行政からの変革方針、テクノロジーの発達、利用者のデジタルリテラシー、微妙なパワーバランスの上に成りたっているEdTech業界だが、新たなサービスが求められていることは間違いない。

○教育ベンチャーで求められる人材やスキルは?

求められる人材として、①広くビジネス開発全般のスキル・経験 ②エンジニアリングやデザインなどの専門性 ③教育業界での経験が挙げられる。この3つのうち、どれが求められているかは会社ごとの特色や成長フェーズによって異なってくる。

・シード~アーリーステージ
近年テクノロジーを武器にサービスをリリースしている教育ベンチャーの多くは、シード〜アーリーステージという初期ステージにいるため社員数は少ない。社員数の半数がエンジニアやデザイナーであることがほとんどだ。ビジネスサイドには、スタートアップでの経験や新規事業開発の経験などマネタイズが整っていない状況下でビジネスをやり切ってきた経験が評価される。
また、10~20名を超え成長期に入った企業においては法人営業経験など特定の職能を求められることが多い。実務経験を元にゼロから業務オペレーションを構築することのできるベンチャーマインド旺盛な人が求められている。

・ミドル~レイターステージ
会社にすでに完成度の高いプロダクトがある前提で、マーケットをいかに早く獲得していくかといったフェーズになると、教育業界での経験が求められることもある。学習塾に売り込むならば学習塾の事情を知っていることが強みになるからだ。ただ、業界全体として必ずしも教育業界での経験が求められる訳ではない。例えば、学校法人向けに広告商材を販売していくならば、学校での勤務経験より、広告商材のセールス経験の方が評価される場合もある。このように別の業界で働いた後に、やりがいを求めて転職する人も多い。
また、企業規模の拡大にともない管理側の体制も強化されるようになる。具体的には経理財務、法務、人事担当者などだ。その際に重要なのが教育に対して、もしくは当該サービスに対して愛着を持っていることだ。自身の専門性を、教育という領域で使っていきたいかという動機が問われる。