「医療・ヘルスケア」業界で求められる経験とは?
医療・ヘルステック業界の説明から、具体的な企業、必要な経験を解説
○医療・ヘルスケアビジネスが出てきた背景
課題先進国として、今や3人に一人が65歳以上という超高齢社会に突入しつつある日本。近年の健康志向とあいまって、医療・ヘルスケア市場は堅調に伸びている。その中にあって、医療・ヘルスケア業界のベンチャー企業に注目が集まっている。業界の動向や、それを後押しする公的機関の取り組み、求められる人材などについて解説する。

・後期高齢化社会と2025年問題
「2025年問題」という言葉をご存じだろうか。これは団塊の世代の人々が後期高齢者になるとみられる2025年を境に生じる問題で、日本の4人に一人が75歳以上の後期高齢者になるといわれている。これにより、医療や介護費の急激な増大や、人材の不足が懸念されており、現在日本が向き合う重要な問題の一つである。こうした社会背景の中、近年のIT技術の発達により、多くのビジネスが誕生している。

・国民医療費削減と健康寿命
現在、日本の医療費は膨れ上がっている。国民皆保険制度が敷かれている現代日本において、医療に対してかかる税金は莫大な金額になる。厚生労働省によると、平成27年度における国民医療費は約42兆円、前年より3.8%増加しており、2025年の国民医療費は約60兆円にものぼると予想されている。医療費の削減が早急の課題だが、ここで重要なのが健康寿命の延伸だ。ただ寿命を延ばすだけではなく、一人一人が健康であってこそ、病院にかかる必要もなく、介護も不要になるため、医療費の削減につながる。この健康寿命を延ばすために、ビッグデータやAIを用いた最適な健康管理や、治療への応用、病気の予防といったサービスが登場してきている。

・医療・介護系人材の不足
また、人材の不足も深刻だ。厚生労働省によると2025年には、38万人の介護人材不足が生じるとされている。ほかにも、医師や看護師の不足も叫ばれており、特に小児科や産婦人科で顕著だ。近年、LINEを用いた遠隔医療相談サービス「小児科オンライン」が過疎の村で利用されたという事例がみられている。こうした遠隔診療など、ICT技術を用いた医療サービスの需要が高まっている。また、ロボットセンサーを介護に利用し、職員の負担軽減につなげるという事例もあり、医療や介護現場の効率化という面も大きな課題の一つとなっている。
○医療ビジネスを阻む障壁
・薬事法や保険といった法的な問題とのかかわり
一方で、医療・ヘルスケア領域のビジネスには参入を阻む障壁が多くあるのも事実だ。まず、薬事法や保険といった法的・公的制度にかかわる問題がある。特に薬事法は、薬に関わるビジネスをする上では必ずクリアしなければならない法律であり、条件を満たしていなければ、新薬を開発できても販売ができないこともあり得る。こうした分野は高い専門性が必要となるため、ビジネスを進めるうえで大きなハードルとなりえる。

・資金調達の難しさ
また、資金調達の難しさもあるだろう。とりわけ創薬ベンチャーでこの傾向は顕著だ。新薬の開発に成功し、実際に販売できる確率は2万~3万分の1ともいわれており、不確実的な要素が高い。また、実際に開発できても、承認までに時間がかかる。こうした確率的な問題や時間的な問題が、創薬に挑むベンチャー企業の資金調達を難しくしている。近年は、新薬を待ち望む患者や同じ病気で家族を亡くした遺族の方々によるクラウドファンディングが行われるケースもあるが、根本的な解決とは言いづらいのが現状である。

・「人命にかかわる」という重さ
医療という分野は、人命にもかかわり得る重要な分野でもある。そのため、製品やサービスがローンチする段階で、高い完成度が求められる。もしサービスに欠陥があった場合、被害の影響がとても大きいため、「いったんローンチし、得たフィードバックをもとに後で改善する」という手法を取りにくい。PDCAを回しにくい、ユーザーの声を反映しにくいといった面も難点として挙げられる。

・データ共有の問題
近年はAIを用いたビッグデータ解析とそれによるソリューションの提案、というパターンが一つの型になりつつある。この場合、医療の個人データが必要となる。だが、こうした個人情報は、健診・治療・介護など、それぞれ別々に保管されており、その形式も異なる。ベースとなる個人データの共有と標準化がなされておらず、こうした面での問題が生じている。地域や国はこの問題に近年注力して取り組んでおり、改善が進みつつある。
○医療ベンチャーを支える政府・公的機関の取り組み
政府は医療業界と今後の展望に関して危機感を抱いており、医療ベンチャー支援のためにも、上記に挙げたような障壁を取り除こうと努力している。ここでは医療業界をサポートする政府や公的機関の取り組みを紹介する。

・患者データのプラットフォーム作成
先ほども述べたように、健康管理へのビッグデータ活用には、データの共有と標準化が必要だ。そのためのプラットフォームを、厚生労働省が主導で運用に向けて動き出しており、2020年からの本格運用に向け、実証実験や検討が進められている。これにより、研究者や民間・保険者などが個人の医療・介護データを経年的に把握することができるようになる。そのための基盤として、医療等ID制度が取り入れられ、同じく2020年からの本格運用を目指し、システム開発が進められている。

・新薬・医療機器開発の規制緩和
従来の医薬品開発は、大企業がメインだった。より多くの人に、より安全な薬を届けることを旨としていたため、大きな資本が必要だったからだ。しかし、現在は特定の患者を対象とした医薬品の開発も進んできている。技術の発達により、創薬のコストも下がり、ベンチャーも新薬の開発が可能となったのだ。しかし、医薬品の開発には承認など、様々な手続きが必要になる。そうした規制緩和が、ここ数年で進められている。臨床データの採集が困難であることなど、特定の場合だが、安全性の再確認を条件に、早期で承認が可能となる制度が2017年から導入された。同様の制度は、医療機器に対しても同年から導入されており、政府はこうしたイノベーションを後押しする方針を示している。

・医療人材マッチングサービス
現在の医療ベンチャーの課題として、医療関連人材の不足が挙げられる。こうした企業への支援策として、人材のマッチングサービスを行うことが検討されている。医薬品や医療機器に関して豊富な知見を有する人たちをあつめ、人材データベースを作る。このデータベースを介して、企業の段階に応じて必要な人材をマッチングするというものだ。また、ベンチャー企業に対しアドバイスを行うサポーターも設置する。このようなベンチャー企業を育むエコシステムを醸成する取り組みが進んでおり、今後も政府や公的機関からのサポートは続いていくだろう。

・医療ICT製品導入に補助金の適用
2016年、アルムが開発した医療コミュニケーションアプリ「Join」の導入に対して、保険適用がされた。医療ソフトに保険適用がされた例はこれが初めてで、日本経済新聞にも取り上げられるなど話題になった。平成28年度からは中小企業や医療法人などを対象に、ITサービスを購入する際の費用の一部を負担する「IT導入補助金」制度が導入されており、最大で100万円が支給される。こうした医療ICT製品導入の際に障害となる費用面へのサポートが進むことで、医療現場のICT化が進んでいくことも十分に予想される。
○医療ベンチャーの具体的企業・事例
こうした状況を踏まえ、医療・ヘルスケア業界のベンチャー企業はどんな事業を展開しているのだろうか。
医療・ヘルスケア業界は、大きく分けて4つの領域が存在する。

・創薬、製薬会社
・データ解析
・医療メディア、個人向けサービス
・医療機関支援、効率化(遠隔医療)
以上について、具体的な企業の事例をそれぞれ見ていこう。

○創薬・製薬会社
・ペプチドリーム株式会社
2006年に設立された創薬ベンチャー。独自技術を用いて、医薬品に適用しやすい特殊なペプチドを合成し、医薬品開発に役立てている。ペプチドは従来から医薬品開発のシーズとして注目されてきたが、合成が難しくなかなか実現には至らなかった。そこを東京大学の菅裕明教授が開発した独自技術によって実現化に成功、アストラゼネカ・塩野義製薬など大手製薬会社との契約を結んでいる。ビジネスモデルもユニークで、いきなり本契約を結ぶのではなく、共同研究期間といういわば「お試し期間」を経て技術ライセンスの契約に至るという流れだ。料金は契約時と目標達成時に発生する。2017年9月には塩野義製薬・積水化学工業など11社と合わせてペプチド医薬品の製造会社ペプチスターを設立し、2019年の本格稼働に向けて動き出している。

○データ解析
・株式会社Splink
2017年1月に設立されたベンチャー企業。東北大学と連携し、機械学習を用いた健康脳事業の研究開発に取り組んでいる。東北大学が有する大量の脳データをAIに読み込ませ、機械学習を用いた脳画像解析のプラットフォームを構築することで、認知症の早期発見につなげる。この事業は平成29年度の総務省「ICTイノベーション創出チャレンジプログラム」において、3000万円を超える補助金の交付も受けており、これからの活躍が期待されている。

○医療メディア、個人向けサービス
・株式会社メディカルノート
2014年に設立されたベンチャー企業。医療情報サイト「Medical Note」やオンライン医療相談サービス「Medical Note 医療相談」を運営している。また、病院向けに病院経営や開業、事業継承のコンサルティング事業も行っている。2017年に大手生命保険会社アフラックと業務提携を発表し、健康管理アプリや、新たな保険商品・サービスの共同開発に着手している。

○医療機関支援、効率化
・株式会社MICIN
2015年に設立されたベンチャー企業。病院向け遠隔医療アプリ「クロン」やAIを用いた医療ソリューションの提案を行っている。「クロン」は予約からビデオ通話による問診、チャット機能、決済や処方薬の配送まで、治療に必要なあらゆる情報を一括で管理・実施することができる。2018年5月には三菱商事などから11億円の資金調達に成功。
○求められる人材
多くのベンチャー企業において、求められる人材は、業界にかかわらず企業のステージごとによって異なる。ここでは企業をシード・アーリー・ミドル・レイターの4ステージに分けることで、ステージごとの会社内の様子と求められる人材について解説する。

・シードステージ(社員数:数名~10名程度)
会社を立ち上げ、商品となるサービスの開発をする段階である。この段階では、医療業界の知識や経験をもつ専門家と技術者が主なプレイヤーとなる。医療の専門家としては医師のほかに医学研究者、医学部卒者なども含まれる。また大学発ベンチャーも多く誕生しており、研究者が開発した独自技術をビジネス化するという事例が多くみられる。その場合、その分野の研究者の他に、ビジネス全般についての理解が深い事業開発担当が求められる。

・アーリーステージ(社員数:10~30名程度)
製品が完成し、セールスやマーケティングを事業化させる段階である。この段階では特に、製品を世に広げ導入してもらうためのセールスが活躍する段階でもある。ここではまだ社内オペレーションも整っていないため、営業に関する経験やセンスがものをいう。なお、MRの経験は不問なこともある。また、営業相手が大学など研究機関の場合、医薬理学系の論文に対するリテラシーを求められる場合がある。営業相手の研究者と同じ目線で議論ができる必要があるため、該当分野の修士号・学士号が必要となる場合もある。エンジニアは引き続き必要となるが、研究者はそこまで必要とされない。理系の人材だと、Webやアプリのエンジニアやデータサイエンティストといった人材が必要とされるだろう。

・ミドルステージ(社員数:30~80名程度)
会社が少しずつ成長し、人数が増え始めてきた段階である。この段階になると、引き続き市場開拓はするものの、求められる人材に変化が見られはじめる。それまではひたすらセールスをかけ、商品を売ることのできるいわゆる「営業マン」的人材が求められてきた。しかし人数が増え、会社として組織立って動く必要が出てくると、部下の教育やマネジメント、社内の連携といったコミュニケーション能力が求められてくる。社内のオペレーションを仕組化し、組織を整えるなど、コーポレート部門の人材がより多く求められるのもこの頃だろう。

・レイターステージ(社員数:100名程度~)
株式上場やさらなる事業展開など、会社としての規模を拡大していく段階である。この段階では、株式上場のための資金調達やCFO、他事業に展開するための事業企画・経営企画といったポジションが求められる。前段階からさらに多様な人材が必要とされ、活かされる段階になる。ファイナンスに強みのある方や、経営企画に強みのある方は、こうした企業で活躍の場があるだろう。
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